木瓜の花白いシーツがはためきぬ

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 今日は春めいた陽気で、午後コンビニまで出かけましたが、厚めのコートでは

帰りは汗ばむ程でした。いつも通る道筋の家で時に関係なく鶏が鳴くのですが今日は

鳴き声がしませんでした。鶏小屋の前の垣根に木瓜の花が開いていました。

 

 洗濯日和で、何処の家のベランダに洗濯物がかけてありました。久しぶりに肩をすぼめずに歩けたような気がします。

 

 夜7時からは自治会の班会合がありました。1階と2階に2班づつ席が設けられていました。今年も我が班は2階の狭い方の部屋で窮屈に座りました。連合運動会の出席者が少ないが、今後続けるかどうかの話では、無くても良いという事にしました。

 

役員改選の年なので、選出方法に良い考えはないものかも話し合いましたが、定年直後ぐらいの人を名簿からピックアップしてはどうかという意見が出ました。

 防災訓練は毎年3月なので、陽気のよい季節にして欲しいと要望を出すことにしました。

 

 時期理事と評議員は我が班では若い世帯が3軒あるうちの2軒の方が順番に当たっていて、これからの自治会運営に新しい風を吹かしてくれたら良いなと思います。

 

 

バレンタイン彼の日の記憶蘇り

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 今月は書道の競書の締め切り日が早いので、第三水曜日の稽古日を今日に繰り上げました。エジプト旅行中のSさん以外は全員参加で提出課題に取り組みました。

 前回からお仲間になったOさんも、筆の持ち方から、線を描く運筆を素直に学んで

いました。帰りには「生きがいが見つかりました。」と言われたので私も嬉しくなりました。

 

 先生からⅠ年後の展示会に創作の小品を出すように勧められました。まだ臨書も充分では無いのに、果たして創作などできるものか不安です。まだ時間があるので良く考えてみましょう。

 

 今日はバレンタインデーです。プレゼントのチョコレートも買い置きのも無い老夫婦

は味気ないものです。

 

 その昔、体調を崩して勤めに出ることも出来ず、家にこもっていた頃のことです。

ラジオを聞いていましたら、視聴者からの音楽のリクエストがありました。友人の

Sさんがご主人の誕生日プレゼントに曲をリクエストしたと知りました。その日は

バレンタインデイでした。後日Sさんに確かめるとやはり彼女でした。

 

 曲名は忘れてしまいましたが、彼女のご主人の誕生日はバレンタインデイと記憶に

残りました。

 一週間ほど前にご主人は旅立たれました。今日はどんな思いだろうかと胸が痛みます。まだ彼女の顔を見ていません。看病疲れで伏せっているかも知れず、もう少し

様子を見てから会いに行こうと思います。

 

春昼や菓子も貪る絵も描く手

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 今朝は珍しく主人はデイサービスへ行くという自覚があって、「何時に行くのかな」

と時間を気にしていました。行かないと言い出すかとびくびくしていたので、拍子抜けしました。迎えが来た時もいそいそと出て行きました。

 

 10時に絵の教室へ出かけました。前回に引き続き桜木町駅前の風景の下描きをしています。一番弟子のYさんが抜けたので、彼女の指定席が空いていてその場所を指して

先生が淋しいねと言いました。そこは椅子ではなく座卓でホットカーペットに座って

描いていました。そのため必要な物があると先生にあれを取ってこれを取ってと指図していたのでまるで先生が小間使いのようだと笑っていたものでした。

 

 絵の後はUさんと私とで先生の手料理をごちそうになりました。おかげで一人淋しい昼食を取らずに済みました。例によって午後の塗り絵の時間も参加しました。

皆さん腕を上げて、色の調合も慣れた物で自宅で完成してくる人もいます。

 

 テレビをつけたままにしておいて時々オリンピック中継も横目で見たり、雑談をしたり手を動かしたりとそれは賑やかな事でした。

 3時のお茶は煮物やサラダや持ち寄りの菓子などお腹いっぱいと言いながらついつい

手をのばすのでした。

 

 主人を迎える時間前にと中座しました。4時少し前に車が着きました。機嫌良く帰ってきてほっとしました。連絡帳を見ると時々家に帰るとしたようで、歌を歌いましょうと誘うと席に戻ったようです。やれやれ。

冴え返る身に日輪の目眩まし

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 そろそろ今月の俳句の幹事さんにファックスで句を投稿しなければと電話のファックス機能を使ってみました。マニュアルを片手に原稿をセットして、Iさんの電話番号を押しました。所が受信中となります。変だなと思っているとIさんから電話で他の方からは無事に届いているとのことでした。

 再送信をしようとすると豆腐屋さんのラッパが聞こえました。一時中断して豆腐を買いに出ました。先週はインフルエンザで、代りの人が来たのでした。

 

 さて、落ち着いてよく見ると、原稿をコピーの用紙を入れるところにセットしていたのでした。全くのドジ!幾つになっても私のそそっかしさは変わりません。無事に送信できてほっとしました。

 

 思えば、会社勤めをした当初はファックスの送受信をするのは恐る恐るでした。
用紙もロール状の紙で、速度も相手に合わせてG2 又はG3と言うのを合わせるのでした。
退職する頃には、ほとんどの文書はパソコンのメールでのやりとりになっていました。

 

送信は出来ましたが、受信は未だなので少し不安になります。もっとも同時に印字しなくとも、後でプリントが出来るようなので、その時に対処すれば良いようです。

 

 夕方近く、今朝ゴミに出した食器類を収集車が持って行ったか気になって見に行くために表へ出ると、良い天気なのに空気が冷たく身震いするほどでした。
隣の家の前の曲り角を曲がると太陽の光が目を直撃して眩しさにくらくらしました。
振り返ると道に私の影が今まで見たことも無いほど長く長く延びていました。

紀元節姉は卒寿になりにけり

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  写真はタイトルを「お茶の間で五輪観戦紀元節」にしようと準備したのですが

姉の誕生日なので、急遽変更しました。

 

 今時紀元節と言っても通じないかも知れません。

私の二番目の姉は紀元節に生まれて、紀元節にちなんだ名前を付けられました。

15歳年上なので、今年卒寿で九十歳になりました。若い時分は姉御肌で両親や

姉妹達からも一目置かれる存在でした。さすがに晩年はすっかり娘に依存して大人しくしています。グループホームに入所して三年になるそうで、「私は幸せ者だ。」と

いうのが口癖。体は健康なのでまだまだホームでの生活は大丈夫そうです。

 

 書道ボランティアでお会いする中にも姉と生年月日が同じで、名前は寿を取って

「かずこ」さんといって、おめでたい名前です。この方は夏は長野で暮らして、秋冬は

此方の介護施設に入所されています。でも介護保険の改定で今後は入所が厳しくなりそうだと心配されていました。

 

 ますます高齢化社会になっていきます。福祉予算も膨らむのはわかりますが、防衛費を削って福祉の方へ回して欲しいと思うのは勝手な願いでしょうか。こんなことを

つぶやくと非国民のレッテルを貼られかねないご時世になりつつあるような危険も

感じるこの頃です。

 

 

 

犬ふぐり友への言葉探しつつ

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    友人のご主人様の訃報を聞いてから、どうも気持ちが落ち着きません。

長いお付き合いなので沢山の思い出があります。何故か二,三日前に東京ディズニーランドへ行ったときの写真を懐かしく眺めていたところでした。ディズニーシーにも行きました。当時はカメラに慣れていなくて、あまり良い写真とは言えませんが、でも記録として残っています。
 
 今日は年末にさえ掃除をさぼっていたのに、無性に台所のかたづけがしたくなって
使う事もない容器の類いを分別して行く袋かに詰めて、ゴミに日に出そうととりあえず
庭の隅に置きました。午前中だけでへとへとになりました。
 その間頭の中は、友人の事ばかり思い出します。ご主人第一の生活でまめまめしく
お世話をされていました。

 多分今は抜け殻のようになっていると思われます。体が心配です。直ぐにでも駆けつけたいのですが、ご主人の親戚の方々の応対だけでも大変な事でしょうから、遠慮するのが思いやりかとも思ったり、心は千々に乱れます。

今度会ったときに、何と言ったら良いものか、どんな言葉も慰めにはなるまいと
思うと、当分そっとしておいてあげるのが一番かも知れません。

田の窪み形のままに薄氷

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 昨日は一瞬雪が舞いましたが、今日は暖かそうなので、郵便を出すついでに田んぼの方へ足をのばしました。日が当たっているのにまだ十分ではないのか、田起こし前の田んぼにはところどころ薄氷が張っていました。やはり今年の春は遅いようです。

 

 夕方、以前わくわくサロンでお世話になったWさんから、Sさんの消息を尋ねられて

そういえば、先月は食事会を中止したためSさんに電話を入れておらず、お元気かどうか気にはなっていたのですが、主人のデイサービス開始やなにやらと、連絡をしていませんでした。

 

 夕食後Sさんに電話を入れると、ご長男が出ました。お母さんは?と聞いてもどうも

言葉を濁します。変だなと思いながら、「お母さん元気ですか?」とたずねるとやや

間を置いて、「誰にも話さないで下さい。」と念をおしてから「実は二日前に父が亡くなりました。」思いがけない言葉に絶句しました。

 

 以前煩った脳梗塞の後遺症で片足が少し不自由で、介護士さんの訪問介護を受けて

いました。特に体が悪いとは聞いてなかったので尚更驚きました。バレンタインデイ

が誕生日で87歳か88歳になられる筈でした。

 

 「妹と相談して父の田舎の関係者と親族だけで家族葬にします。」前々からSさんから万が一の場合は家族葬にと聞いていたので、わかりましたと言って落ち着いた頃に

伺います。お母さんに気を落とさないように伝えてというのがやっとで、私も泣き出してしまったので、ことばも途絶え途絶えで何を言ったのか覚えていません。

 

 本当にSさんご夫妻とは長いつきあいで親戚の様に親しくしてもらっていたのに、肝心の時にご無沙汰していたことが悔やまれます。

 

ただただご冥福をお祈りするばかりです。